【純粋理性批判】なぜ神は存在するのか
今日はプロイセン王国の哲学者だったカント(1724ー1804)の「純粋理性批判(要約)」を読んで考えたことについて一人議論します。

現実において、理不尽で不幸で報われない出来事が様々起きても、神が配慮してくれると信じるからこそ、人間は道徳的な判断をすることができ、最善の人生を送ることができる
僕の解釈で言い直します。
神が存在するかどうかは分かりっこないけど、神が存在すると思い込んでいた方が幸せな人生を送れるから、神は存在する(と信じていた方がいいですよ)。
僕は無神論者なので、神の存在を信じていると聞くと、なんだかうさん臭く感じてしまいます。
でも、カントが言う「なぜ神は存在するのか」の答えは合理的で好き。
幸せに生きるために必要な考え方は、それが正しいかどうかに関わらず、採用しようということ。
これは、神の存在だけでなく、答えが出ない問題全てにおいて言える。
例えば、死後の世界が存在するかどうか。
僕は死んだら無になると思っています。
ちょうど寝ているときのように、何も考えられなくなる状態になると思う。
まさに永眠するというイメージ。
それが正しいように直感しているのですが、そう思っているせいで死が怖いのも事実。
それよりは、死んでも生まれ変わったり、死者の世界に行けると思っていた方が、死後が楽しみじゃないですか。
生きている間に、今しかできないことをやってしまおうという気持ちになれます。
答えの出ない問題は今挙げたような宗教で扱われる問題だけでなく、現実世界にもたくさんありますよね。
例えば、僕は教員を辞めて転職したいなと思っています。
でも、リスクを恐れてなかなか行動しませんし、漠然と将来の不安があります。
こんな場合でもカントの言っていることは使えると思うんです。
転職が成功するかどうかはやってみないと分かりっこない。
「絶対に成功する」と思い込んでいた方が、今を楽しんで生きることができる。
だったら、正しいかどうかは関係なく、自分は絶対に転職で成功すると思っている方がいいよね。
というわけで、ちょっと転職のモチベが上がってきたのでした。
ご一読ありがとうございました!
