数学教員の一人議論

とある数学教員が頭の中の一人議論を形にします。

ちょっとわたくし成長したかもしれない!

私は教員をしているのですが、今日は子どもを指導することが多かったです。

教室の壁にアルコールをわざとぶちまけるやつ。

私が更衣室に入ったのを見計らって、更衣室を思いっきり叩いてくるやつ。

自分らから「レクリエーションをしたい!」と言い出したくせに、何の準備もしてない人たち。

 

こんな人たちに色々指導したのですが

いつもよりイライラしなかった!!

 

いや、イライラしたのは事実ですし、今思い返してもストレスでお腹が痛くなります。

でも指導しているときに

他人に「こうあるべき」を押し付けるからイライラしているんだな

ってちょっと自分を客観的に見ることができたんですよね。

 

今までは、時間がたってから「なんかイライラしてしまってたなー」って思うことが多かったのですが、今日はイライラしているそのときに「あ、いまイライラしているな」って気づくことができたんですよね。

しかも、そうやってイライラしている自分に気づいたらイライラもちょっと軽減されました。

 

他人の行動にイライラしていてもしょうがない。

例えば、教室の壁にアルコールぶちまける人がいたけど、

アルコールぶちまけて損をするのはその子。

周りから「あいつやべぇやつやな」と思われるのはその子ですし、信頼を失うのもその子。

俺には関係ない。

だから、そんなことで俺まで嫌な思いをするのは違う。

というか、そこで嫌な思いをするかどうかは自分で決められることであって、そこは自分の問題。

その子が損しているのを見て自分までイライラして損するのは賢くない。

 

「嫌われる勇気」という本に書いてあった、相手の課題と自分の課題を切り分ける「課題の分離」という考えはこれでいいのかな。

 

ただ、教員というのは複雑な立場だ。

本来は他人が自分を陥れるような行動をしているだけなんだから、「相手の課題だ」と思って放っておけばいいんだけど、教員は仕事なので

子どもが自分で自分のことを陥れているのを放っておくわけにはいかない。

このジレンマには何度も遭遇している。

 

今日は久々に指導することが多くてイライラしましたが、いつもよりはイライラをコントロールすることができた。

少しずつ読書をしたり、ストレスを運動で発散するようにしている効果が出始めているのかもしれない。

だとしたら嬉しいし、読書や運動のモチベーションも上がるな~